JICSA 特定非営利活動法人 日本感染管理支援協会 英国感染管理研修ツアー報告 l 2014-10-13
   
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   2016年1月9日~10日 米国従業員保健協会(AOHP)によるセミナー『医療機関における従業員保健』レポート  
  三重大学医学部附属病院
医学・病院管理部 総務課 職員係 平野京子
 
     
  米国従業員保健協会(AOHP)によるセミナー
「医療機関における従業員保健」2日間コースに参加して

~元産業保健師の視点より~
 
     
  はじめに
私は、4年ほど一般企業の産業保健師を経験し、約2年のブランクを経て、保健師として医療機関に従事する事となり半年が過ぎようとしています。今の職場に来て、産業保健の視点からまず始めに感じた事は、日頃医療に携わっているが故、従業員保健に対する意識が低いということでした。また、その現状を言葉に出してもなかなか理解してもらえず、ひとまず目の前に与えられた医療従事者の感染症の管理(検査実施・ワクチン接種や受診等の事後フォロー)や健診の受診勧奨等の業務にあたり、疑問と葛藤の日々を送っていました。今回は、医療機関での従業員保健について日本のだいぶ先を歩んでいる米国の従業員保健協会(AOHP)の講師の方々よりお話が聞けるということで、まさに大海で浮き木に出会ったような気持ちでセミナーに参加してきました。
 
 
講義にて
・スタートアップ計画について  
私が感じていた壁のひとつに、はじめの一歩をどう踏み出してよいのか分からない、ということがありました。残念ながら、医療従事者の多くは産業を担っている一部であるという自覚に乏しく、本来あるべき産業保健の姿を知らない・必要と感じていない(そういうものだと思っている)・理解されていないのが現状です。それについて講師の先生方は、OHP(occupational health professional:ここでは職業保健専門家と訳)は自らが目に付く存在となり、上層部に繰り返しアピールしていくことの大切さを繰り返しおっしゃっていました。やはり日米に関わらず、医療従事者の特性として働きやすい環境よりも目の前の患者を優先させてしまうことが前提としてあり、また目に見えて効果が現れたり収益が上がったりするものではないため、経営陣にもその大切さの理解がされにくいのだと思います。その価値を見出してもらうために「くじけずに」「何度も何度も」「繰り返し」アピールしていきましょう、という言葉は、二日間にわたり何度もおっしゃっていた言葉ですが、「わたしの思いが伝わらない」と諦めかけていた気持ちに元気を与えてくれました。今はアピールしていく場を探すことさえ苦労している現状ですが、草の根運動の必要性を感じました。
また、組織内の位置づけについては実に納得のいくお話でした。講師の方々をはじめ米国の多くのOHPが人事部に所属されているとのことで、実際に私自身は病院の総務課職員係の所属であり、人事部門も同じ課内にある環境で勤務しております。従業員保健はスタッフの雇用に関係してくる(健康維持のための人事管理が必要になる)から、とのことでしたが、思い返してみると、企業にいたころは、職員全員が医療の専門知識がないため精神疾患による休職や外傷及び疾病による長期休養など、当たり前のように相談や問い合わせ、面談や復職のタイミングなど事務方とのやり取りがありました。なんとなく当たり前のようにそこに所属していましたが、これはとても理にかなっていたのだと気づかされました。現職場では、従業員の多くが医療従事者であるため所属長と事務方とのやり取りで足り、発生時からタイムラグを経て書類のみを目にするという状況です。このような状況に介在していくためには両者に「総務部(人事部)に従業員保健のスタッフがいる」こと、またそのメリットを知ってもらい、理解してもらえるようにしていく必要があると感じました。
 
 
・記録の重要性
記録の重要性について、米国では「仕事の大半を記録作りの時間として費やしている」ほど重要視しており、それは「ある問題について何らかの対処をしたとしても、記録がなければ何もしていないのと同じこと」とのことでした。実際に、医療従事者が多くの時間を費やして患者の記録を残すように、従業員保健でもその記録をカルテのように残すべきだと思いますし、それは従業員保健の業務を実施するうえでの存在価値そのもの、また従業員とのトラブルを回避するためにも非常に重要な役割を果たすと思います。また、これらの記録の保管についてもカルテ同様の取扱が出来るようなシステムが必要であると再認識しました。
 
 
・ヘルスアセスメントについて
医療従事者は、病原体感染、有害物汚染、腰痛等の筋骨格系障害の危険と隣りあわせで仕事をしているため、多くの検査項目をアセスメントしていく必要があります。その中で、日米間の違いとして、薬物依存やニコチン依存の検査項目があるという事には大変驚きました。また、これらの検査に合格できなければ期間をあけて再検査を実施したり、場合によっては採用取り消しとなるとのことでさらに驚きました。日本では薬物依存こそあまり聞かれないものの、医療従事者であっても喫煙者が見られるため、これは日本でも実施してほしいなぁと個人的に思ってしまいました。
 
 
・OHPの役割
ここのセクションについては、日本のある程度の規模がある一般企業であればたいてい実施されていることであり、私も自分のしてきた産業保健師業務を思い返しながら聞いていました。特に労働災害の発生に関しては、事故調査の実施やケースマネジメント、治療提供者との連携や復職のためのプログラム作りなど、当該医療従者の事故直後から全快するまでのすべての過程でのかかわりが必要になります。参加者の方の中で、「労災補償等について知識がないがどのようにしていったらよいか」という質問をされた方がいらっしゃいました。私個人の場合も過去にその壁にぶち当たり、労働基準法から雇用保険まで学んだ経験がありますが、講師が回答されたように、その分野の知識を身につけることも従業員をケアする上で必要なのだと再認識しました。
 
 
・曝露管理について  
参加されている方の多くは感染管理のプロフェッショナルの方だったようなので、このセクションは日頃の業務に直結する内容だったかと思いますが、新鮮だった内容として、感染管理委員会と血液曝露委員会(?)をあえて一緒にせずに分けて委員会を開催しているということがありました。理由として2つに分けることで、1件1件の血液曝露の事故を埋もれさせずに問題にできるという利点があるとのことで非常に頷ける理由でした。
 
 
・職場での安全と健康に関わる危険源について
このセクションでは、生物学的・人間工学的・物理的・社会心理的ハザードの具体的な管理項目が挙げられました。「有力ながん治療の権威の医師が、スタッフが抗がん剤を管理する冷蔵庫に昼食を持ち込んでいる事を問題視していなかった事例」の紹介がありましたが、どこにでもありそうな見逃してしまいがちな問題でも見る目で見たら気づく事、そして正面から正しい事を主張していくというOHPのあるべき姿を感じ、感銘を受けました。 企業での産業保健師は通常、安全衛生委員会への出席が求められ、それによって従業員がどのような危険にさらされているかを知ることが出来ます。しかしながら現在、私は安全衛生委員会に出席していないため、医療従事者がどのような危険にさらされているかの全体像を把握する機会がありません。今後の課題として、院内で行われている労働安全衛生法上の遵守活動や、医療従事者への安全対策への取り組みについても詳細に知り、少しづつ関わっていく必要があると思いました。
 
 
おわりに  
二日間にわたり、米国でのOHPの普及までの流れ、管理方法や対処法等の活動内容など、多くのことを学びました。その中で、従業員保健とは、導入の段階では理解されにくいものであり、それゆえ多くの努力をしなければならないということ、また私が感じている「壁」はそれそのものであり、なかなか理解されない状況下でも長い期間をかけることは無駄な事ではなく、必要な事であるということを感じ、力強く背中を押された気がしました。 「保健」とは、読んで字のごとく「健やかに保つこと」、健やかでない医療従事者がよい医療を提供できるとは考えにくく、従業員が健康である事がその病院または医療の発展にもつながると思います。それゆえ、従業員保健はとても大切な業務であると改めて感じました。ひと昔前の感染への意識が現在のように進歩したように、医療従事者の従業員保健についても時間をかけなければならない、と思うと気が遠くなりそうですが、お勧めいただいたGetting Startedマニュアルという強い味方とともに効率よくAOHPのレベルに追いつけるような働きかけをしていきたいと思います。  

このような学びの機会を与えてくださった土井先生、一つ一つの質問に熱心にご回答くださった講師のMary先生、Dee先生、通訳のWooさんとEmikoさん、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。